こんにちは。ソニー銀行の高柳です。
先日のノーベル賞授賞式、本庶佑京都大学特別教授の紋付き羽織はかま姿はとても素敵でしたね。
今回はノーベル賞つながりで、2011年にノーベル経済学賞を受賞したクリストファー・シムズ氏の「シムズ理論」について解説します。
苦境に陥った日本経済
安倍政権のブレーンを務め、アベノミクス政策に大きな影響を与えてきた浜田宏一内閣官房参与(米イェール大学名誉教授)に「目からうろこが落ち、考えを改めた」と言わしめたことで注目を集めたシムズ理論。
その解説に入る前に、まず日本国内の現状についてかんたんに確認しておきましょう。
日本の政府債務残高(国の借金)は1,000兆円を超え、すでにGDPの2倍以上。世界最悪ともいわれる状況で、将来的な財政破綻を懸念する声もあるほどです。
改善するには国が支出を減らすか、収入を増やすかですが、高齢化の進む日本では医療や介護など社会保障費の削減は難しく、支出カットには限界があります。また、景気は弱々しい状況が続き、大幅に税収がアップするような状況も期待できません。
強引に大幅増税して税収アップ、財政再建を図る手もありますが、これは消費手控えによる不況を招く公算が大。そういう意味では2019年10月に予定される消費増税(8%→10%)は財源確保と、景気への影響を考慮したうえでの苦渋の選択といえましょう。
わざと財政悪化させて万事解決!?
そんな日本で2017年の春ごろ、にわかに注目を集めたのが「シムズ理論」。
これはざっくり言うと、一時的にわざと財政を悪化させることでインフレ(継続的な物価上昇)を引き起こし、政府の債務負担を軽減しようというものです。
この理論に基づいて日銀や日本政府は何をすれば良いのかというと、
- 日銀はこれまでどおり異次元緩和を継続する
(物価を上げるため、引き続きお金をどんどん供給する)。 - 政府は公共事業などの財政出動を積極化、どんどん支出する。
その一方で国民に対して「増税しない」ことを宣言する。
これでは国の借金がさらに膨れ上がるだけ、放漫財政そのもののように見えますが、実はそこが狙いです。
財政危機が深刻化した国は通貨の信頼度も揺らぐため、その多くがハイパーインフレに陥りますが、日本も一時的に財政規律を捨てることで意図的にインフレを起こしてしまおうというのです。
極端な例となりますが、たとえばインフレで物価が10倍になった日本を連想してみましょう。1本130円の缶コーヒーは1,300円に、これまで30万円だった月収は300万円になるような世界です。
物価が10倍になった日本で笑いが止まらないのは、借金を抱えていた人でしょう。インフレで物価や給料が10倍になっても、すでに借りてある借金の額面は変わりません。年収300万円のAさんは100万円の借金に苦しんでいましたが、インフレで年収が10倍の3,000万円になれば返済は容易です。
巨額の借金を抱えているのは日本政府もまた同じですが、インフレによって国のGDPが500兆円から5,000兆円、税収が60兆円から600兆円に跳ね上がれば、額面1,000兆円の借金はさほどの負担になりません。
インフレを引き起こすことで借金負担を軽減なんて、なんだかずるいような気もしますが、実はこれと似たようなことが他ならぬ日本でも過去に起きています。
第二次大戦中の日本は戦費を調達するため国債を大量に発行、その額は現在の日本とほぼ同様、GDPの約2年分まで膨らみました。
ところが終戦後に悪性のインフレが発生、物価が3年ほどの間に約100倍に上昇したため、巨額の政府債務はタダ同然に軽減されました。
戦後のインフレは意図したものではなく、極端なモノ不足により引き起こされたものですが、物価全般の上昇 = 政府債務が事実上軽減される図式はシムズ理論とは変わりません。
国民に増税を強いることなく、インフレにより借金苦から一挙に解放されるシムズ理論。まさに夢のようなお話で、日本政府を含めてお金を借りていた人は万々歳ですが、その反面落とし穴、インフレによって泣く人はいないでしょうか?
後編ではそのあたりを見ていきます。
今回もお付き合いいただき、誠にありがとうございました。