こんにちは。ソニー銀行の高柳です。
今回は前編の続き、「シムズ理論」の後編です。
簡単におさらいすると、これは国がわざと財政を悪化させることで意図的にインフレ(継続的な物価上昇)を引き起こし、借金の負担を軽減しようというものでしたね。
インフレになって泣くのは誰?
国民に対する増税はしない、社会保障のカットもしない、それでいて政府は債務負担を一気に軽減・・・という、夢のようなシムズ理論。
- 「そう都合よく意図的にインフレを引き起こせるのか?」
- 「失敗したら財政危機が一段と深刻化するだけなのでは?」
- 「インフレになったらそれを適度な所で止めたり、正常な状態に戻すことはできるのか?」
こうした疑問の声も当然ありますが、ここでは仮にインフレが本格化した場合、誰が損をするかを考えましょう。
前編ではインフレで物価水準が上がっても借金の額面は変わらない、というお話をしましたが、預貯金の額面金額もまた同様に変わりません。1台100万円の自動車が10倍の1,000万円に値上がりするようなインフレが到来しても、100万円の預金元本は100万円でしかありません。
食料品から家電まで、物価はみんな10倍になったのに、これまで汗水たらして貯めてきたお金の額は変わりません。これは未来に備えて必死に貯蓄してきた国民にとって、悪夢のようなお話です。
日銀が現在目指している2%程度の穏やかなインフレは経済を活性化させますが、諸外国でしばしば見られるようなハイパーインフレはとても歓迎できるものではありません。
なお、一般に金や不動産などの実物資産はインフレに強いとされています。現金などはインフレが進むほど価値が減少してしまうのに対し、これら実物資産は一緒に価格の上昇が期待できるからですね。
近年の日本では格差拡大が問題視されていますが、インフレ下ではこれらの資産を「持つもの」「持たざるもの」の格差が劇的に拡大、収入格差以上に資産格差が広がってしまうことも懸念されます。
日本で実現の可能性は?
提唱者であるシムズ博士の来日や、浜田内閣官房参与の「目からうろこ」発言で一気に注目を集めたシムズ理論。
賛否両論ありましたが、麻生太郎財務相が2017年3月に「私が大臣として内閣にいる間は採用しない」と明言したことで議論は一応収束しました(麻生氏は2018年10月の内閣改造でも留任)。
また、シムズ理論を日本で実践するには日銀の役割も重要ですが、「物価の安定」と「金融システムの安定」をそもそもの目的とする日銀にとって、意図的な財政悪化によりインフレを引き起こすような政策は賛成を表明しづらいものがあるでしょう。少なくとも安倍政権、黒田日銀がシムズ理論の実践にむけて舵取りをする様子はありません。
ただし日本の財政がさらに悪化したり、大幅な円安が進行すれば、たとえ意図していなくても結果として極端なインフレが発生する可能性はあると思われます。
「日銀が必死に頑張ってもインフレ率2%の物価目標を達成できないのに、それ以上インフレになるわけがない」 という声も聞こえてきそうですが、果たして本当にそうでしょうか?
- インフレが起きる原因をざっと見てみましょう。
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- ディマンドプルインフレ= モノが売れるなど需要が大きくて起きる
- コストプッシュインフレ= 資源価格などコストの上昇で起きる
- ボトルネックインフレ= 人手不足など生産要素の不足で起きる
- 財政インフレ= 政府の財政支出拡大で起きる
- 輸入インフレ= 為替レートの自国通貨安(日本では円安)で起きる
4の財政インフレはまさにシムズ理論が目指すものですが、たとえ狙って起こそうとしなくとも、世界最悪の政府債務(GDPの2倍以上)を抱える日本ではいつ発生してもおかしくないように思われます。
5の輸入インフレは円安が進むことで輸入品の円建て価格が上昇、さまざまな物の値上がりに波及するものです。原油など多くのものを輸入に頼る日本では輸入品上昇の影響も大きなものとなりそうですが、前提となる円安が大幅に進む可能性はどうでしょうか?
「日本売り」でインフレに!?
1997年~98年ごろにかけて、世界の金融市場では「日本売り」が続いた時期がありました。相次ぐ大手金融機関の破綻、出口の見えない不良債権問題、さらにはタイから広がったアジア通貨危機の影響などをうけ、98年夏には1ドル=147円台まで円安が進行。「日本売り」がはじまる少し前、95年春には1ドル=79円という未曾有の円高がありましたから、わずか3年で円の価値が半分近くに減ってしまったわけです。
この時の日本売りは比較的短期間で終息しましたが、世界最悪とされる日本財政への不信感が臨界点に達し、どこかで日本売りが再燃する可能性はないでしょうか?日本売りの長期化で大幅な円安が進行、輸入インフレの到来を予想する識者の声もあるようです。
適度な水準であれば経済成長を後押しするものの、行きすぎると国民の財産を大きく目減りさせてしまう、怖いインフレ。
今後、このコーナーでは個人のかたが手軽にはじめられるインフレ対策などもご紹介していきたいと思います。
今回も最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
良いお年を!