インタビュー
コモンズ投信 代表取締役社長
伊井 哲朗さん
2024年2月に日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新して以降、日本株式市場は概ね好調が続いています。にもかかわらず、投資信託の世界で人気を集めているのは海外株式型のインデックス型ファンドで、日本株ファンドの人気は今ひとつのよう。その理由は、長期で見ると日本経済の成長は期待できないと考える人が多いからなのかもしれません。
そうした中、「30年目線」で成長を継続できる優れた企業にだけ投資するという、15年の歴史をもつユニークなアクティブファンドが徐々に存在感を高めています。それが「コモンズ30ファンド」です。
(参考ファンド)
コモンズ30ファンド
同ファンドを設定・運用するコモンズ投信の創業者の1人であり、現在は代表取締役社長と最高運用責任者を務める伊井哲朗さんに、その運用哲学などをうかがいました。
2024年は「コモンズ30ファンド」の設定から15周年という節目の年になりますね。まずは、コモンズ投信の設立の経緯を振り返っていただけますか。
伊井 日本株での長期投資を理念に掲げ、設立準備会社を立ち上げたのが2007年、コモンズ投信としてスタートしたのが2008年8月です。その直後に、リーマン・ショックが起こるというタイミングでした。
まさに波乱のスタートです。
伊井 私自身は山一證券の出身で、前職はメリルリンチ日本証券に勤めていました。そのメリルリンチがリーマン・ショックで破たんしてしまうわけですから、タイミングとしては良かったんだか、悪かったんだか(笑)。
コモンズ30ファンドは翌年の2009年1月の設定で、ご紹介いただいた通り、ちょうど15年が経過したことになります。設定当時の日経平均株価は8,000円前後でしたから、そうした中で「日本株で長期投資をやりたい」と金融業界の友人たちに話しても、「応援はするけど、日本株は買いたくないなあ」といった反応がほとんどでした。著名なストラテジスト、エコノミストのかたたちの見通しも、いずれ日経平均株価は5,000円を割るといった悲観的なものが大半でしたから、無理もなかったのかもしれません。
長期投資家の必要性を理解していた経営者たち
確かに、当時の日本の金融業界は大混乱で、とても日本株に目がいくような状況ではなかったのをよく覚えています。
伊井 一方で、すでに亡くなられたソニーの元社長である出井伸之さん、同じく故人の堀場製作所の堀場雅夫さん、オムロンの立石信雄さん、当時はローソンの社長で現在はサントリーホールディングスの社長を務めている新浪剛史さんなど、そうそうたる経営者のかたがたに創業直後に会いにいったところ、皆さんが私たちの理念に賛同してくれました。「世界には優れた長期投資家がいるものの、日本にはいない。日本にも長期投資家が必要だ」と、口をそろえて応援してくれたんですね。
グローバル企業の株主には、多くの海外の長期投資家がいます。けれども、肝心のマザーマーケットである日本に長期投資家がいなければ、グローバルでの競争で不利になってしまう。これは今でいう経済安全保障に近い概念ですが、先進的な経営者の皆さんは、当時からそんな問題意識をいち早く持たれていたということでしょう。
なるほど、資産運用業界の反応がネガティブだったのに対し、グローバル企業の経営者のほうは、長期投資家の重要性に気づいていたというわけですね。
伊井 もちろん、長期投資といっても本当に駄目な企業に投資し続けることはありませんが、どんなに優れた企業であっても、一時的に苦戦する局面はあるものです。しかし、そこを乗り越えればこれまで以上に強い体質の企業になれる。そう思える企業であれば投資し続けるわけで、それは銀行や証券会社などの系列ではない、独立系の私たちだからこそできることだとも思っています。
その創業から一貫する理念が、「コモンズ30ファンド」の運用哲学にもなっているのでしょうか。
伊井 はい。「コモンズ30ファンド」は「30年」の長期目線で、「30社」に厳選投資を行うファンドですが、各銘柄の平均保有年数は12年を超えています。どんな企業でも、10年あれば1度や2度、厳しい局面を迎えるはずですから、この平均保有年数はそこを乗り越えてきたことの証明でもあります。
設定から15年で平均保有年数が12年超というのは、おそらく他の日本株ファンドではあり得ない数字でしょうね。
伊井 そうだと思います。この間、保有し続けてきたディスコや東京エレクトロンのトータルリターンは、最高値で見ると約40倍になっていますし、その他にも30社のうち7社が10倍以上になっています。
もっとも、当然のことながらすべてがうまくいったわけではありません。当初はそもそも資金が集まらなかったし、セミナーなどでいくら「30年目線」の銘柄選択などと話しても、そのコンセプトをなかなかご理解いただけませんでした。何も30年後を予想するのではなく、時代や世代、あらゆる環境を乗り越えて成長が続くような強い企業を選択するわけですが、「そんな先のことなどわかるはずがない」などとよくいわれたりもしましたね。
なぜ投資委員会で企業を多面的に評価するのか
具体的には、どんなプロセスで銘柄を選択するのでしょうか。
伊井 当社の創業メンバーの1人に吉野永之助さんがいますが、もともと米国の運用会社キャピタルのファンドマネジャーで、同社の日本法人の社長も務めたようなかたです。まさに日本のトップともいえるファンドマネジャーでしたから、銘柄選択は吉野さんに任せればいいと私は考えていました。けれども吉野さん自身は、「長期投資だからこそ、合議制で決めるべきだ」と。そこでコモンズ30ファンドでは、投資委員会で最終的な投資判断をするしくみを当初から取り入れています。投資委員会のメンバー全員が納得しなければ、新たな投資も売却もしないわけです。
合議制のメリットとは何ですか。
伊井 短期投資であればスピード感も必要ですから、ファンドマネジャーが1人で判断したほうが良い面もありますが、私たちが目指しているのは長期投資です。企業を多面的に評価して、その本質的な力を見極めなければなりません。そのためには、経営者とネットワークがある人、ビジネスモデルに精通している人、ガバナンスに詳しい人など、それぞれ違う視点の人たちがディスカッションすることが重要になるのです。
もう1つのメリットは「再現性」です。例えば、短期投資であればモメンタムといって、相場の勢いを捉えることが不可欠になりますが、たとえそれが当たったとしても、再現するのは難しいといわれています。しかし、長期で良い企業を見つけるのであれば、再現は可能だと私たちは考えています。もちろん、運用開始から5、6年くらいまでは判断を誤ったこともありましたが、15年もの間、さんざん議論を重ねてきたわけですから、今では多くの知見を蓄積できていると自負しています。
より具体的には、「収益力」「競争力」「経営力」「対話力」「企業文化」という5つの軸で企業を評価します。30年といえば一世代ですから、まさに世代を超えて輝き続けられるような企業をこれらの軸で選別するわけです。もっとも、そうなり得る企業は130から140社くらいで、日本の上場企業のわずか3パーセントほどにしかすぎません。その中から、さらに30にまで絞り込むことになります。
一方で、そうした運用手法である以上、ファンドの規模には限界があるのでは?
伊井 おっしゃる通りで、海外のファンドマネジャーなどと話していると、必ず聞かれるのがファンドの適正なサイズをどう考えているのかという点です。コモンズ30ファンドをレストランにたとえるなら、目指しているのはミシュランで三ツ星を狙う、カウンター席だけのお店のようなイメージでしょうか。それをいきなり100席に増やしたり、チェーン店として展開したりすれば、当然、味を担保できなくなってしまう。ですから、運用の適正なサイズはあらかじめお伝えすべきだと私は考えていて、コモンズ30ファンドであれば、投資先が大型株中心ということもあり、5,000億円ほどでしょうか。
足元の純資産総額が約650億円ですから(2024年6月末時点)、まだ余裕はありそうですね。もっとも、ほとんどのかたが積立で購入していることを考えると、あっという間に積み上がっていきますから、早い者勝ちかもしれません(笑)。
伊井 すでに積立をされているお客さま以外はご購入いただけません。そんなふうに言えるようになるのが、コモンズ投信を創業したときの目標の1つでもありました(笑)。
アクティブファンドの意義は「企業価値」を伝えること
ところで、コモンズ30ファンドの15年の歴史を振り返ると、2011年に最初の販売会社になったのがソニー銀行です。これが1つの転機になったのでしょうか。
伊井 よく誤解されるんですが、創業当初から、直販だけでいくとは一言もいっていません。ただし、長期投資を目指すからには、資金も長期で預けていただく必要があります。にもかかわらず、「今期は収益を伸ばしたいから、がんばってパフォーマンスを上げてくれ」と言ってくるような販売会社も多く、今でこそ当たり前になった積立投資も、当時は注力しているところはほとんどありませんでした。
そうした中で、ソニー銀行さんは商品を厳選し、自信をもっておススメできるという商品のみをラインアップされていました。私たちの投資哲学を理解し、コモンズ30ファンドに関しては、資産形成にふさわしい商品として採用いただきました。まずは自分たちで長期投資や積立による資産形成を普及させ、その理念に共感してくれる販売会社があれば、「ぜひ一緒にやりましょう」というのが私たちのスタンスだったのです。
最近はインデックスファンドで資産形成を始める人が増えていますが、アクティブファンドの強み、意義についてもうかがえますか。
伊井 私たちは「企業価値」を受益者の皆さんにお伝えするのが、アクティブファンドの意義だと捉えています。ですから、なぜこの企業に投資しているのかという理由は運用報告書などでていねいに説明していますし、お客さまと一緒に企業を訪問したり、企業のかたを招いたセミナーを定期的に開催したりもしています。単に基準価額が上がった、下がったではなく、ファンドの先にいる企業の価値、そこで働いている人たちの価値をお伝えするという点を、最も大切にしているのです。
アクティブファンドの付加価値は、インデックスを超えるパフォーマンスあげることだというのが一般的なのでしょうが、全く考え方が違うわけですね。
伊井 基準価額だけを見て私たちのファンドを購入したかたは、結局は価格次第で売却してしまいます。資産形成で重要なのは「始めることと続けること」だと私たちは考えていて、どちらも意外にハードルが高い。けれども、私たちが伝える価値に共感さえしてくれれば、資産形成は簡単に始められるし、続けられるというわけです。
なるほど、価値に共感できる企業に長く投資し続ける。単にお金を増やすだけではない、本来の投資の意義もそこにあるのかもしれません。
伊井 そうですね。最近は金融教育の重要性が訴えられていますが、本来、伝えるべきなのはまさにそうした投資の意義ではないでしょうか。今の金融教育は、ノウハウばかりになってしまっている印象もありますね。
最後に、「次の15年」も見据えて、個人投資家の皆さんにメッセージをいただけますか。
伊井 基本的には、これまでと同じことの継続こそが最も重要だと捉えています。すでにお話しした通り、当初は「30年目線」の厳選投資といってもほとんどご理解いただけませんでしたが、最近では「わかりやすい」とさえいっていただけるようになってきました。15年かけて、ようやく花開いたという感覚もありますね。
コモンズ30ファンドはインデックスファンドのように日本経済全体に投資するのではなく、国籍は日本だけれども、グローバルに活躍し、世界の成長を取り込める企業や進化し成長し続ける企業に投資するファンドです。しかも、長きにわたって成長し続ける企業とは、日本の社会的課題を解決できる企業でもあります。それがまさに企業の価値であり、私たちはその価値を伝えることで、皆さんの資産形成をお手伝いしつつ、何らかの気づきや学びも提供したい。それが広がっていけば、日本経済も社会も良くなっていくはず。そんな好循環が金融の本質だと信じていますし、多くの人にその効果を実感していただくのが私たちの役割だと思っています。
本日はありがとうございました。
インタビュー・文:金融エディター・菊地 敏明